29日 帰国


最後の朝
6時半に目が覚める
もう門司港が見える

いよいよ旅は終わりだ。
最後の朝食をとり、最終荷物の片付けをして、デッキへ

ようやく帰港。出迎えの人が お帰りなさいと手を振る。、

いっぺんには出れないので、6階から順に入国手続きをする。
まずパスポートを受け取り、そのまま入国審査へ。もう船内には戻れない。

9時に入国 やっと帰ってきました。
みんな最後の別れや記念撮影などで花が咲いている。

荷物を宅急便に預け、最後のフジ丸とお別れ。


 お疲れ様 そしてありがとう フジ丸。


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【2007/07/29 23:58】 寄港地 | TRACKBACK(2) | COMMENT(0) top>>

7/28 釜山

朝 起きたら もう着岸していた。最後のお別れ飲み会で飲み過ぎた。
さて、天気は良好すぎて暑い いままでのロシアから比べると季節が違う。
釜山のツアーは釜山の自然を知るコースや、韓国で原爆のことを聞くツアー、韓国の民主化運動を知るツアーと観光コースがあと2つ。
今回はAコース「自然の宝庫 洛東江・牛浦沼へ」に参加。

一番早い出発で、7;50にバスに乗る。
まずは韓国でも天然自然景観の湿地「牛浦沼」

途中休憩を入れて、2時間 だいぶ田舎にやってきました。

 牛浦(うぽ)沼は湿地帯。
干潟にいろいろや野生生物も多い。蓮の花も所々ある。

11時 牛浦にある生涯学習館で、ビデオレクチャーと、クラフト。

麦の穂でつくる、こうろぎ籠

センターのインストラクターの指導のもと、作成中

なんとか 形になりました。最後に記念撮影。

13;30 町中の焼き肉屋でようやくご飯です。
その後、やく1時間ほど走って、洛東江(らくとうこう、ナクトンガン)へ。

16時半まずは全景を見るため 高台  アミ山へ ここからガイドの人がつく。釜山市内から8キロ離れた多大浦海水浴場も見える。

洛東江(ナクトガン)河口見学。洛東江は世界最高湿地の一つで、しかも大都市近くにあるのも珍しい。韓国では5つの保護法に守られているが、場所によっては一部解除され、開発されているところもある。
島のように見えるのが金海デルタにある乙淑(ウルスク)島。
鳥がいて美しい島という意味の乙淑島(ウルスクド)へ。
鳥の観察場所になっている。時期が良ければ、渡り鳥(サギ、コウノトリ、鷲、鷹 など)が見られる。

17:40 みんなでペイントした、横断幕を持って記念撮影。

途中 市場は寄りたかったが 時間がありません。

19:30 予定通り 船に帰ってきました。

釜山客船ターミナルは新しくできたばかりで、以前の街のすぐ近くよりは離れたが、新たな観光スポットになりそう。
移動遊園地も来ている。

22時 ついにコリアの友とお別れ。

 みんな涙でした。

いよいよ 明日は帰国  今夜は荷物整理と飲み会だらけ。


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【2007/07/28 18:56】 寄港地 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

7/26 ウラジオストク

さあ今日の天気はと思ったら、寝坊して、窓の外にはウラジオ港の街並みが写っていた。

とりあえず飛び起きたら、もう着岸寸前。

客船ターミナルの前が、シベリア鉄道の発着駅ウラジオストク駅でロケーションばっちり。

7時半には着岸できました。

9時過ぎ、飛鳥?も入ってきました。ふじ丸はロシア国内移動になるため、国際航路の飛鳥?に一番良い場所は明け渡した。

港から見るふじ丸
今回のツアーは日韓合同のBコース 「『海の環境』をまもる人びとと出会う」
ほかには日韓合同の3つ交流コースと、日韓それぞれ2つ観光コースがある。
9時30 バスは出発。

港をすぐ出ると、潜水艦も展示してある。さすが軍港。

約30分で 湾のはずれのマヤクビーチへ
もう現地の環境NGOの若者達が待っていてくれる。

まずはビーチクリーンアップ
昔は海水浴場だったマヤクビーチも、近年温暖化の影響で、鮫がビーチに現れるようになり、遊泳禁止になった。

現地の子がギターを片手に歌い出し、にわかか交流へ

11時頃 終了。 みんなで記念撮影して、昼食の海洋大学へ移動。

海洋国立大学の学生

昼食は大学の学食でボルシチとピロシキ。

クリーンアップをいた若者達も一緒に。

大学の海洋保護機関のイヤナ教授より映像を交えてレクチャー

大学付属の博物館へ

次に ロシア科学技術極東支部アカデミー海洋生物研究所へ

クジラの骨がまるまる展示されている。プーチンも見学に来たことあるとのこと。
約30分ほど、展示を交えてレクチャーしてもらいました。

バスで 港にへ戻ります。

港前の百貨店でお買い物  ルーブルが高いので、あまり買う物なし。
船も近いので、ここから自由行動。ウラジオの町を散策。

広場では子どもがハトと遊んでしました。

シベリア鉄道

19時頃 船に戻る。21時 日没 ウラジオストク駅に沈む夕日

22時 本来は出航のはずが、なかなか出ない。

先に飛鳥?が出航する。飛鳥?はトランジット扱い(30時間以内の滞在はトランジットで入国手続きが簡略化されている)フジ丸は21日からの長丁場。おまけに今回よりパスポートをコンピューター管理になったため、だいぶ遅れが出ている。まあロシアなのでね。

ようやく23時 約1時間遅れで出航

さすがにロシア3寄港地は濃厚でした。

7/27 日韓では最後の船内のページへ


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【2007/07/26 18:32】 寄港地 | TRACKBACK(1) | COMMENT(0) top>>

7/24 サハリン


7月24日 ちょっと長い航海のあと、サハリンのコルサコフ到着の日。
朝 6時 昨日の感動をもう一度とデッキに出る。 前方が少しずつ赤くなって、陸地も見えてきた。

7時過ぎ、右舷の陸地より太陽が顔を出す。このクルーズでは初めてのご来光である。
出航して9日目 ようやく本来のクルーズらしくなってきた。やはり空と海はこの色でなくては。

陸地もだんだん大きくなり、漁船も増えてきた。少し油のにおいがして、港に近づいてきた。
太陽が出た方向に 港のクレーンが見えてきた。このころになると デッキには多くの人でいっぱい。

船は予定通り 午前8時 入港
サハリンの「オプショナルツアーは日韓合同のツアーが3つ、韓国のみの観光4つ、日本のみの観光2つ。
今回はAコース「『忘れされた』コリアンたちのいま」に参加する。
今回もパスポートをもらっての上陸。
9時半頃 バスに乗り込み出発。コルサコフ港からコルサコフ市内を通って、ユージノサハリンスクへ。
サハリンは2回目で、以前来たときは、コルサコフの港から船の横にSLが来て、それに乗ってコルサコフ市街に出た。

約10時頃 韓人文化協会前

在サハリン韓人の人々がお出向え。

まずは レセプション。
韓人協会のパク・ヘリョン会長と ピースボート共同代表から簡単なレクチャー兼挨拶を受ける。
その後 迎えの車に分乗して、各コリアンの家庭へ

僕らがお世話になったのは流ちょうな日本語の在サハリン1世の仲畑 ハナコ、フサコさん姉妹のお宅。お宅自体は年金生活者のアパート。
さすがに社会主義の国だけあって、家は快適だが、ソビエト崩壊後、物価の大上昇に比べたら、年金なんて雀の涙で 食べるのがやっとだそうだ。

とりあえず 乾杯 。わざわざシャンパンを開けてくださった。
料理は いかにも日本の カレーライスと、韓国のちぢみ、キムチとテーブルに並びきらなくらいのごちそう。

時間も限られているので、お二人のご苦労を聞きたかったが、あまり話したがらない様子。
でも現在の環境では暮らすのは大変だし、韓国政府が永住するなら、費用は出してくれるが、子どもや孫達を連れて行けないので、永住もしたくない。
日本政府には せめて サハリンで 最低限暮らしていけるように援助して欲しいと言っていた。
そんな楽しい時間も過ぎて、最後にみんなで記念撮影をして、お別れしました。

再び、韓人文化協会へ。
14:30 より ほかのツアー参加者も合同で、文化交流会の開催

在サハリンの子ども達のよる 韓国民族音楽の出し物が行われ、

こちらもその返答に、ゲストの国楽チーム「嘉楽(からく)」が踊り

チャンヘンのマジック

日本からも 菊千代師匠の玉すだれが披露され、交流会は大変盛り上がった。
最後に慰霊碑に花束を捧げ、別れを惜しみつつ、バスに乗る。

サハリンスクの町中、日本領事館前にバスは停車。
前日みんなで作った、横断幕をそれぞれ持ち、領事館の係が出てくるのを待った。

領事館の書記の方が出てきて、声明文を読み上げ、手渡した。
日本人の行動はあったけれど、韓日双方の市民が共に訴えたことは初めてであっただろう。

再び バスに乗り、コルサコフへと戻っていくが、ちょっと早かったので、船が見える港の丘にちょっと休憩。
ほんの15年前なら 軍事基地として このように おいそれとは来られないし、見ることも出来なかったが、今ではほんとうに解放区となっている。

予定通り 19時に船に帰ってきました。まだまだ明るいコルサコフ湾
21時 夕日を浴びる 港から出港。

7/25 クルーズのページへ

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【2007/07/24 18:49】 寄港地 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

7/21カムチャツカ


朝 6時すぎ  今日も相変わらず雲が重く垂れ下がっている。
どうやら 湾には入ったようだ。

三岩

船は予定通りに7時入港
  客船は72時間以内ならロシアの場合トランジット(経由地)扱いで、入国作業が簡素化さているが、今回は3カ所回ることなので、ビザもちゃんと取得しての入国。手続きも新たにパソコンを導入しての新方式だそうだ。
  なかなか素早く行かず、すべてのコースで大幅な予定変更を迫られた。

港に可愛いお出迎えが来ていました。
今回のカムチャツカは
A「カムチャツカの人々と交流」 B「ロシア人のスローライフ体験」
C「サーモンから学ぶロシア人の環境事情」 が日韓共同コース。
F「ペトロパブロフスク市内観光」 G{アヴェチャトレッキング」
H「アヴェチャ川ボート体験」 I「火山ヘリツアー」が韓国側、
J「ペトロパブロフスク一日観光、 L「カムチャツカでエコトレッキング」
 今回ぼくはLコース アヴェチャ山(2741m)とカリャーキ山(3456m)  の麓まで行きます。
 本来なら港からも山が見えるのだが、まったく霧に包まれている。

約2時間の遅れでバスならぬ、装甲車のようなトラックバスで出発。

まずは地元の自由市場へ

キャビアも売っているが、ほとんど偽物だとか。

いざ カリャーキ山向けて出発

いよいよ舗装されていない道?へ   先に見えるは目指すカリャーキ山

ついに道なき道をゆく

枯れた川を上っていく。気分はパリダカラリーのナビゲーター。

ちょっと休憩

左がカリャーキ山 3456mm 右がアヴェチャ山 2741mm

約2時間のドライブでやっとアヴェチャ高原のベースキャンプに到着

まずは昼食

定番のボルシチ

現地の子ども達が宿泊していた。

いざ出発

アヴェチャ山をバックに、カリャーキ山の中腹までトレッキング

残雪の中を進む

目的地まであとすこし

到着。カリャーキ山が見渡せる稜線までやってきました。

さあベースキャンプまで急げ

途中で雪合戦

やっと帰ってきました。約2時間ちょいのハイクでした。

ベースキャンプではかわいい鳴きリスのお出迎え

では港に向けて出発

トラックも残雪を進む

爆走中

やっとの思いで帰ってきました。疲れたけれど、山は綺麗だし、トラックは面白いし楽しいツアーでした。ツアーが2時間遅れた分、帰船リミットも2時間ずらしたので、ツアーは予定していたスケジュールをこなすことができた。

予定より2時間遅れで港出航

大自然のカムチャツカありがとう。

出航後、遅い時間にもかかわらず、水先案内人のチャン・ヘンとパク・ミンスの「マジック&パフォーマンス」がメインホールで行われた。

カムチャツカのGMAPと写真




>> 7月22日 

【2007/07/21 14:24】 寄港地 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>